静岡市の文化財

清見寺朝鮮通信使詩書一覧

No.44 伴人洪善輔(黙斎)七言絶句

使行年
西暦1763年~1764年
制作者
洪善輔
形態
紙本墨書
制作年代
明和元年・西暦1764年
寸法
縦36.0cm×横46.0cm
伴人洪善輔(沉默齋)7言絕句
次忍上人呈三使相韻

禅楼迢逓近瀛洲
自古神仙此地遊
宿雨初晴人再到
滄波万里滌塵眸

甲申暮春黙斎 印

忍上人に次して三使の相韻を呈す

禅楼迢逓として瀛洲に近く
いにしえより神仙この地に遊ぶ
雨に宿りて初めて晴るれば人再び到る
滄波万里塵眸をあらふ

忍上人に次して三使の相韻を呈す

この清見寺は、遥かに遠く点々と連なる、東海中の三仙山の一つである瀛洲(えいしゅう)に近いというから、古来より神仙はこの地に遊んでいた。雨宿りしているうちに晴天になったので、使節が再び到着した。眼前の見はるかす大海原の眺望は、長途の旅で塵まみれの眸(ひとみ)を洗ってくれるようである。

This Seikenji is said to be close to Eishū, one of the sacred mountains of the eastern sea, which run from point to point far into the distance. Since the days of old, it has been a place where the shenxian come. As the sky cleared while we were taking shelter from the rain, a mission arrived here once again. The view of the great sea before our eyes feels as if it cleanses from my eyes the dust and dirt of our long travels.

주인상인이 삼사에게 바친 시운을 따라

선루가 아스라이 영주 가까이에 있어서
예로부터 신선이 이곳에 노닐었지.
묵은 비 막 개이자 사람이 다시 와서
만리 창파로 먼지에 찌든 눈을 씻노라.

갑신 모춘 묵재 [인] 묵재성로

*瀛洲・・東の海の中にあるという神仙が住む島。

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