静岡市の文化財

清見寺朝鮮通信使詩書一覧

No.43 伴人洪善輔(黙斎)五言律詩

使行年
西暦1763年~1764年
制作者
洪善輔
形態
紙本墨書
制作年代
明和元年・西暦1764年
寸法
縦33.5cm×横40.4cm
伴人洪善輔(沉默齋)5言法詩
清見寺次南壺谷韻

高出凌霄閣
平臨浴日波
白雲生客坐
黄鶴杳仙過
梅柏三春半
烟霞十景多
皇華留大筆
藻思続陰何

黙斎 印

清見寺に南壺谷の韻に次す

高くいづる凌霄閣
平らに臨む日に浴びる波を
白雲生じ客は座し
黄鶴はるかに遠く仙人とに過ぐ
梅柏三春のなかば
火烟霞の十景多し
皇華は大筆に留め
藻思は陰何に続く

清見寺に南壺谷の韻に次す

凌霄閣と名付けられた堂宇は文字通り高く聳え、まっすぐに見る水平線の太陽が遥かに波を浴びている。白雲が生じて客は坐しているが、黄鶴が遥かに遠く飛び立ち、仙人として過ぎ去ってしまった。梅が咲き柏が繁る春の暮れ方には、烟霞(えんか)が漂うみごとな景色があちこちに生まれる。王国の使者は詩を書きとどめ、詩想は梁の詩人であり陰鏗と何遜のあとに続いているのである。

As its name suggests, the temple called Ryōshōkaku looms large, and the distant sun seen straight on the horizon seems swallowed by waves. The clouds form and, as we guests are seated, the yellow crane takes flight in the far distance, and passes by as a xian*. Toward the end of spring, when ume blossoms bloom and kashiwa oak grows thick, fog floats through the air, creating beautiful scenes here and there.

*Xian: A Taoist or (in Japan) Buddhist ascetic who has obtained magical powers and immortality through ascetic practices in the mountains.

청견사에서 남호곡의 시운을 따라

늪이 솟은 능소각이      해가 목욕하는 물에 임하여,
객이 앉아 흰 구름 생겨나고  신선 지나가 황학은 아득하다.
매화와 편백은 삼춘도 반이요  안개와 노을 십경이 많은데,
황화 사자가 큰 필적 남겼으니 시상이 음하를 뒤이었구나.

묵재 [인] 묵재성로

*洪善輔・・字は聖老。号は黙斎。癸未年(1763年)に従事官の伴人として参加した。
*黄鶴・・唐国の詩人・崔顥の「黄鶴楼」で、「昔人、すでに白雲に乗って去り、この地に空しく黄鶴楼だけが残った。黄鶴はひとたび去ってしまうと戻ってこないから、白雲だけが千年も空しく悠々と」と言った。
*十景・・南玉の『日観記』によると、富士山、田子浦、愛染川、三保松、袖師浦、九曲泉、巌腰亭、分興亭、利生塔、清浄観の10ヶ所を清見寺の十景と言った。
*陰何・・中国の南北朝時代の梁の詩人で有名な陰鏗と何遜を示す。

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