静岡市の文化財

清見寺朝鮮通信使詩書一覧

No.28 製述官南玉(秋月)五言律詩

使行年
西暦1763年~1764年
制作者
南玉
形態
紙本墨書
制作年代
明和元年・西暦1764年
寸法
縦32.2cm×横43.6cm
製述官南玉(秋月)5言法詩
重尋清見寺畳波字贈関棙住持

有期粛寺月
遥隔富渓波
桑恋依々在
梅魂寂々過
山空孤瀑大
楼霽遠湖多
坐惜藤蘿黒
帰驂無奈何
始擬看月禅楼阻水吉原

小華帰客秋月 印

重ねて清見寺を尋ね波字をかさねて関棙住持に贈る

期すること有るは粛たる寺の月
遙かに隔つ富渓の波
桑の恋は依々として在り
梅の魂は寂々として過ぐ
山空に孤なる瀑の大なる
楼霽れて遠湖多し
すずろに惜しむ藤蘿の黒きを
帰驂いかんとするも無し
始め月を禅楼に看ることをはかるも水の吉原になやむ

重ねて清見寺を尋ね波字をかさねて関棙住持に贈る

粛然(しゅくぜん)たる寺院での観月が期待されるが、そこは深い谷川の向こうの遥かに隔たった所である。桑林(そうりん)は歌垣(うたがき)の場所として依然として存在し、願文を結ぶ梅の木の魂は寂莫としている。人の気配のない山の瀧は大きく、楼を覆う霧が晴れると遠く多くの湖が見える。漫然(まんぜん)として訳もなく藤蔓(ふじづる)やひかげのかずらの黒い形が気になるのに、帰途の日程が立たないのはいかんとも仕方がない。

帰途の始めには清見寺で観月の機会を得たいと思っていたのに、富士川の増水で渡渉出来ず、吉原宿で川止めとなったのである。

I have waited for moon-viewing at the quiet temple, which can be seen at a far removed place beyond the deep mountain stream. The mulberry thicket has long been used as a place for utagaki*, and the spirits of the ume trees upon which wishes are tied are lonely. The waterfall on the mountain untended by man is large, and when the mist covering the cherry blossoms clears, you can see many lakes in the distance. I am fascinated by the black forms of wisteria vines and shaded vines that grow at random and without reason. It is no good that we cannot agree on a day to depart, but it cannot be helped.

I had hoped we would have the opportunity for moon-viewing at Seikenji on the way home, but we were unable to cross the swollen Fujikawa river, and our journey was cut short at the Yoshiwara post station.

*Utagaki: an ancient Japanese ritual of singing, dancing, eating, and poetry reciting to celebrate the arrival of spring or autumn.

청견사를 다시 찾아 파자 운을 거듭하여 관려주지에게 증정하다

소사의 달밤 기약이 있었으나  부계의 물을 멀리 격하였네.
상연이 아득하게 있어서  매혼을 적적하게 지나쳤지.
산이 비어 외딴 폭포 크고  누각 개어 먼 호수도 넓어
덩굴 숲 어둡도록 앉았으나  돌아가는 행차를 어쩔 수 없네.

처음에 선루(襌樓)에서 달 구경을 하려 했으나, 요시와라[吉原]에서 물로 길이 막혔다.

소화귀객 추월 [인] 고침이조균, 온궤이장

*南玉(1722-1770年)・・字は時韞、号は秋月。本貫は宜寧。英祖29年(1753年)の文科に合格し、英祖38年(1759年)に趙載浩の獄死に関わったため、流刑されたが解放され、癸未年(1763年)に製述官として派遣された後、『日観記』、『日観詩草』、『日観唱酬』などの著述を残した。隊安郡守を歴任し、崔益男の獄死にかかわって、審問の途中で処刑された。
*粛寺・・寺のことを遊覧客が情感こめて呼ぶ言葉。
*富渓・・清見寺と吉原の間にある河川・富士川。癸未年のときは、復路が雨のため三島に2日、吉原に3日間滞在し、富士川に浮橋を新たに敷いて3月20日にようやく富士川を渡って清見寺に到着した。
*桑の恋・・桑の木が繁る故郷を偲ぶ心。
*梅魂・・梅花の香り。

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