静岡市の文化財

清見寺朝鮮通信使詩書一覧

No.14 副使南泰耆(竹裏)七言絶句

使行年
西暦1747年~1748年
制作者
南泰耆
形態
紙本墨書
制作年代
延享5年・西暦1748年
寸法
縦39.5cm×横60.0cm
副使南泰耆(竹背後)7言絕句
清見寺次性海禅師韻

禅楼朝日住行旌
万里風潮眼底生
酬唱毎因王事廃
偶逢高釈短吟成

戊辰榴夏下澣 朝鮮副使竹裏 草 印印

清見寺に性海禅師の韻に次す

禅楼に朝日は旌旗をとどめ
万里の風潮眼底に生ず
酬唱むさぼり因れば王事廃れん
たまたま高釈に逢ひて短吟なる

清見寺に性海禅師の韻に次す

禅寺にさしこむ朝日は使節が掲げる旗に鮮やかに映え、それは万里を越えてきた旅路の景色をまざまざと思い起こさせるものがある。漢詩の応酬(おうしゅう)ばかりやっていると、国家の使命がおろそかになろうが、たまたま立派な住職にお会いできて、この詩を賦した次第である。

The morning light pouring in from the Zen temple shines brilliantly upon the flag hoisted by the envoys, vividly evoking scenes from our long travels. By only exchanging Chinese poems, our country’s mission is neglected. But meeting the great chief priest by chance, I am inspired to write poems.

청견사에서 성해선사의 운을 따라

절간의 아침 해에 정기가 머무르니
만리 바람에 밀물이 눈 아래 생겨난다.
왕국의 일 제쳐놓고 시를 주고받는데
우연히 고승을 만나 짧은 시를 이루었네.

무진 유하 하한 조선 부사 죽리 초 [인] 죽리, 낙수

*南泰耆(1699-1763年)・・字は洛叟、号は竹裏、本貫は宜寧。英祖8年の文科に合格し、英祖戊辰年(1748年)に副使として日本へ派遣され、官職は礼曹判書となって65才で亡くなった。
*旌旗・・王命を受ける使者が隊列を組むとき、信標として前に掲げる旗。

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